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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2695号 判決

控訴人(債権者) 杉田茂

右訴訟代理人弁護士 高橋秋一郎

被控訴人(債務者) 野口正平

右訴訟代理人弁護士 本間勢三郎

主文

一、原判決を取消す。

二、本件について東京地方裁判所が昭和四六年八月六日になした仮処分決定を左記のとおり変更して認可する。

債務者(被控訴人)の別紙第二物件目録記載の建物に対する占有を解いて、東京地方裁判所執行官に保管させる。

執行官は債権者(控訴人)に右建物の使用を許さなければならない。ただし、この場合において、執行官はその保管にかかることを公示するため適当な方法をとらなければならない。

債権者(控訴人)はその占有を移転し、又は占有名義を変更してはならない。

三、訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は主文第一・二項同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の主張・疎明関係は、次に追加するもののほか、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(一)  控訴代理人の陳述(本件断行仮処分の必要性について)

平和自動車交通株式会社(タクシー営業―以下、平和交通と略称する。)は、杉田一族の同族会社であって、控訴人がその常務取締役であるほか、控訴人の父杉田武夫が社長に、母杉田久子が監査役にそれぞれ就任し、他の役員もすべて親戚で構成されているが、一方、控訴人は平和興業株式会社(主としてボーリング場経営―以下、平和興業と略称する。)の社長であり、同会社も右杉田武夫らを役員とする同族会社であるところ、近年ボーリング場の乱立が災して、昭和四七年当初から同会社の売上げが漸次減少し、同年八月からは毎月赤字続きとなり、借入金の利払もできない状態になってしまった。即ち、約一〇億円の借入金で社屋を建設した平和興業は、現在約七億円の長期負債を抱え、その毎月の売上金が三、二〇〇万円ないし三、五〇〇万円であるのに対し、毎月の必要経費は人件費・公租公課・光熱費・物資仕入代金等で約二、二〇〇万円、長期借入金の元利金返済で約二、〇〇〇万円、合計約四、二〇〇万円を必要とし、その資金不足に悩んでいる現状である。

そこで、平和興業は、昭和四七年八月控訴人の父杉田武夫所有の宅地(自宅)を担保に一億円の融資を受けてこれを運転資金に投入し、辛くも急場を凌ぎ、同年一〇月からはボーリング協会を脱退して、社長以下全従業員総動員で二四時間営業を断行し、売上の増加に努めているが、それでも売上高は昭和四六年度、昭和四七年度同期に比較して四〇パーセント減となり、その後社屋の一部駐車場敷地一〇〇坪を売却して資金繰りの一部とするなど、苦しい状態にあり、このままの状態で行けば、従業員七〇名を抱えた平和興業の倒産は必至という段階にある。

前記平和交通の営業状態は、幸い原判決事実摘示のとおり会社及び個人財産の売却処分で資金繰りをしたほか、タクシー料金の値上等によって小康を得たものの、同じ同族会社の平和興業に対しても、社長である控訴人個人の財産である別紙第二物件目録記載の建物(以下本件建物という。)及びその敷地を換価処分してこの緊急事態に備えるのは当然であり、そのためには被控訴人に対し本件建物からの退去を是非求める必要がある。被控訴人は原判決言渡後の昭和四八年三月二〇日頃本件建物に再び入居しているが、原判決事実摘示のとおり控訴人の提供した別紙第一物件目録記載の建物(以下代替建物という。)を確保し、両方の建物を使用しているのであって、同じ親族の一人でありながらこのように本件建物の明渡に応じないのは、これら平和興業・平和交通をあえて倒産に追込もうとする意図があるのではないかとも疑える。

本件建物とその敷地を訴外日本電建株式会社に売渡す売買契約は、右建物明渡の不成功によって右買主から不履行を理由に解除されたが、なお他に売却処分する必要があり、控訴の趣旨記載のとおり本件仮処分の趣旨を一部変更してその認可の裁判を求める。

(二)  疎明関係≪省略≫

理由

一、(被保全権利)

(一)  本件建物の使用関係

平和交通が控訴人の父杉田武夫の経営する会社であり、被控訴人が右会社の従業員であったこと、昭和三二年頃被控訴人が控訴人から本件建物の貸与を受けたこと、昭和四〇年頃被控訴人が右平和交通の取締役に就任したことはいずれも当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫を総合すると、

(1)  被控訴人は前記杉田武夫の先妻の弟に当り、控訴人は右武夫とその妻(後妻)久子との間の長男であって、親戚関係にあるところ、この縁故関係から、被控訴人は終戦後右武夫の世話で同人の関係する「国際自動車」で働き、その後同人が社長となって平和交通を設立したのちは、同様同社長の世話で同会社に勤務し、また、その関係で昭和二九年頃同社長の所有する江戸川区南小岩五丁目一八番の建物を間借りし、家賃一、五〇〇円を払って入居していた。

(2)  その後昭和三二年六月二六日頃、被控訴人は右杉田社長から同人が新たに買求めた控訴人所有名義の本件建物に入居するよう指示されてこれに転居し、その際杉田社長や控訴人とは格別賃料・期間等についての話合はしなかったが、被控訴人の妻幸子が前記武夫の妻久子に申出て従前より五〇〇円多い二、〇〇〇円を毎月持参支払することになり、昭和四三年七月にはこれを五、〇〇〇円に値上げしてその支払を続け、争が始まったのちの昭和四五年一二月分以降は被控訴人においてこれを供託した。

(3)  この間被控訴人は、前述のように昭和四〇年頃平和交通の取締役の一員となる傍ら、同会社江戸川営業所長として同営業所の業務を主宰し、一方控訴人は平和交通の常務取締役として杉田社長を補佐すると同時に、自ら平和興業の社長としてボーリング場の経営に当っていた。

以上の各事実を認めることができ、この認定を覆えすに足りる疎明はない。

右の事実関係に徴して考えると、被控訴人が本件建物を控訴人から借受け入居した動機・いきさつは控訴人の父杉田武夫との縁故関係、同人が経営する平和交通との間の雇用関係に関連、随伴するものであるが、貸借契約そのものは右雇用関係と必然ないし条件関係にあるとは認められず、低額ながら月毎にほぼ定期に金員を支払っていること、これがのちに増額されている事実を併わせ考えると、その使用契約関係は借家法の適用を受ける期間の定めのない賃貸借契約と解するのが相当である。したがって、これを単なる使用貸借ないし準社宅の契約関係とする控訴人の主張は理由がない。

(二)  解約申入れの正当事由

まず、控訴人が被控訴人に対し、(1)昭和四五年九月上旬頃(平和交通江戸川営業所において)口頭で、(2)同年一〇月一七日頃同様口頭で、また、(3)同年一一月三〇日発信、同年一二月二日到達の内容証明郵便で、それぞれ本件建物の明渡を求める意思表示をした事実は当事者間に争いがなく、右各意思表示が借家法一条の二の解約申入れとしての効力を有することは明らかである。

そこで、≪証拠省略≫によると、

(1)  平和交通は昭和四五年八月頃から急激に営業不振に陥って資金繰りが苦しくなり、一ヶ月約二、〇〇〇万円の運転資金の不足を来たし、同年九月以降取締役会の決議で関連傍系会社の整理や会社の投資関係不動産、社長杉田武夫やその妻久子、控訴人の各個人所有の不動産の売却処分を決めて逐次実行し、その危機の打開に努め、一時は会社更生手続開始の申立までしたが、それも取下げるなどして、昭和四六年五月末現在においてなお五億円余の負債を背負い、経営に苦慮するうち、係争中の同年八月頃からタクシー料金の値上げ等により営業成績が回復に向い、負債も約二億五千万円までに減少し、収支の勘定もほぼ見合うようになった。

(2)  本件建物とその敷地三七一・八九平方メートル(一一二・五〇坪)も前記不動産とともに売却処分の対象となり、控訴人も昭和四五年九月一日の取締役会に出席してその事情を知悉し、決議に加わったものであるが、その後再三の建物明渡の申入れにもかかわらず、被控訴人が本件建物の明渡に応じなかったため、買主の日本電建株式会社との間で昭和四五年一〇月一九日付の売買契約中右建物、敷地部分を合意解除するのやむなきに至り、控訴人としては遂にこれを換価することができず、そうこうするうち、被控訴人は昭和四六年三月二〇日平和交通を退社し、自家営業の海産物商を始めるに至った。

(3)  被控訴人はその後立退先の建物の斡旋を受けながら、それを断っていたが、昭和四六年八月六日の本件仮処分決定に先立って、同年七月頃平和交通が権利金一二万円、敷金三万円を支払って入手した代替建物の借家(木造二階建一階六畳一間、二階三畳・四畳半各一間、その他風呂場、物置等)の提供を受けて右仮処分決定執行後これに入居し(なお、平和交通は右借家について被控訴人のため同年一二月分まで月額二万円の家賃を支払った。)、昭和四七年一一月七日の原判決言渡後暫くして既に老朽していた本件建物に再び入居し、爾来右代替建物との両方を家族とともに使用している。

以上の各事実を認めることができ、この認定を動かす疎明はない。

以上の事実関係を前提として考察すると、控訴人が三回にわたって本件建物の賃貸借契約解約の申入れをした昭和四五年八月から同年一二月までの間平和交通は極度に会社経営の資金繰りに苦しみ、会社財産のほか控訴人を含む役員らの個人財産の換価処分をする緊急の必要に迫られ、被控訴人もその役員の一人としてその事情を知悉し、この緊急状態は漸次緩和になったものの、翌昭和四六年八月頃まで続いていたのであり、加えて、本件建物賃貸借は前述のような縁故関係、雇用関係に伴うもので、しかも低廉な家賃で維持されるなど特殊な事情に基づくものであって、このような関係にある被控訴人が翌昭和四六年三月二〇日には自ら平和交通を退職しているのであるから、以上をもって、本件解約申入れの正当事由を具備したものと認めるのが相当である。そして、遅くとも、前記最終の解約申入後六ヶ月を経過した昭和四六年六月三日には右解約申入れの効果を生じ、被控訴人は本件建物を明渡す義務を生じたものというべく、控訴人の建物明渡請求権を疎明するに十分である。

二、(仮処分の必要性)

≪証拠省略≫によると、前記のように、平和交通は不動産の処分による資金繰りやタクシー料金の値上げ等によって一応収支が見合う程度まで回復したものの、それでもなお昭和四八年九月現在で七〇〇万円の赤字を計上している現状にあり、他方、同じ杉田一族の同族会社である平和興業も、昭和四七年以降ボーリング業界の不況等により営業不振に陥り、同年後半からは急激に売上げが減少して赤字経営に悩み、そこで同年一〇月からはボーリング協会を脱退して二四時間営業に踏み切り、控訴人は同社の社長として経営の合理化、借入金返済の繰延べ、金策等に奔走して来たが、平和興業は昭和四八年九月現在において、累積赤字により約一〇億の負債を抱え、毎月約一、五〇〇万円の元利金の支払に四苦八苦の有様であって、このままで行けば従業員六五名余を抱えて倒産は必至であり、前記のように杉田武夫、同久子の個人財産を平和交通のために換価処分したのちは、控訴人の個人財産である本件建物とその敷地を他に売却処分して資金の一助とするのは当然の措置であって、かつ、その必要に迫られている現状にあることを認めることができ、この認定を覆えすに足りる疎明はない。しかも、被控訴人は前認定のように昭和四六年八月頃以降代替建物の提供を受けてこれに居住しているのであるから、控訴人の著しい損害を避けるため、被控訴人に対し本件建物の明渡を命ずる緊急の必要性があるというべきである。

三、(結論)

よって、右判断と異る原判決は不当であるからこれを取消し、控訴の趣旨変更の申立に副って、本件仮処分決定の趣旨を一部変更して、これを認可することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小木曽競 深田源次 裁判長裁判官中西彦二郎は退官につき署名捺印することができない。裁判官 小木曽競)

〈以下省略〉

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